知らないもの、と思っていた。

他の多くの女の子と違って、私はあまりに気弱で自分を主張するすべを
知らなかったから。

多分、彼にとって私はすれ違っても気がついてもらえないか、
よくても『誰だ、あいつ?』という程度の認識しかないものと…

そう思っていたのに。

なのに。

何で…




       How Come..?
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そもそもの事の始まりは、移動教室の授業に遅れそうになった時のことだ。

日頃からトロくさい私はその時授業の準備に手間取り、残り少ない休み時間の間に
理科実験室に到着せんが為に大慌てで廊下を走っていた。

これで人がいなかったらよかったのだが、生憎氷帝学園中等部は無駄に
人が多いところだ。
休み時間はそろそろ終わるというのに廊下は行きかう生徒でごった返していて、
私は彼らにぶつからないように走るのに苦労していた。

これじゃ、誰かにぶつかっちゃう。

私は思った。

出来ればそれは避けたいところだった。
気のキツイ人が多いこの学校だ、トロい私がそんなことをすれば即罵倒されるのは
火を見るより明らかだったから。

けれど、そう思った矢先に悲劇(かどうかはよくわからないけど)は起こった。

 ドンッ

「あっ…!!」

急に目の前が暗くなって、私は思わず声を上げた。

「…ってぇな。」

次に聞こえたのは不機嫌そうな低い声。

それを聞いた瞬間、私の体から血の気がサーッと引いていく。
嫌な予感がして、私は恐る恐る顔を上げた。

残念なことに予感は的中し、そこには青い瞳、泣き黒子、色の薄い髪を持つ
ひどく整った顔の男子生徒の顔があった。

最悪だ。
よりによってあの跡部景吾にぶつかってしまった。

跡部景吾、と言えば氷帝学園中等部の女子連中の中で人気No.1の生徒である。

200人以上はいる男子テニス部の部長を務め、自身もテニスの腕は全国級、
加えて中等部の生徒会長もやっており、
成績もよろしければ家柄も容姿もよろしい、と来ている。

性格はどうも今一つよろしくないようだが
「天には二物を与えず」なんて言った馬鹿はどこのどいつだ、と
吐き捨てたくなるくらい色々な能力を持った人間だ。

正直、普通のものにとっては遠すぎる存在。

だからこそ、女子連中が彼に夢中になるのだろうけど。

……とか何とか言いつつ、私も跡部に惹かれてしまっている1人だった。
半分、不本意ながら。

始めは何とも思ってなかった…どころかすんごく嫌いだったんだけど
(性格のよろしくない人は私の神経に合わない)
毛嫌いしすぎたのが返ってまずかったのか、意識しすぎた結果
気がつけばこうなってしまって…
今じゃどうしようもないとこまで来てしまっている。

それはともかく。

私はそんな跡部にぶつかってしまった。

「ごっ、御免なさい!!」

私はとりあえず謝った。
相手は同い年だ、別に丁寧語を使う必要なんかないんだけど、
思わずそうしてしまう何かが跡部にはある。

「急いでたんでうっかり…。じゃ!」

只でさえ罵倒されるのは嫌なのに、跡部に罵倒されたら多分立ち直れない。

跡部に口を開かれる前に私は高速で彼の横をすり抜けようとする。

どうせ彼のことだ、次の瞬間には私がぶつかったことなんぞ忘れるに
違いない。
聞いた話だが、どうも些細なことにいちいちかまけないタチらしいから。

大体、常日頃忙しい人が私みたいにクラスの中でも存在感が薄い奴のことなんか
知っているはずもないし。

そうして私は跡部の横をすり抜けた、その時だった。

「さっさと走りな、 。」
「え…?」

いきなりフルネームで呼ばれて私は一瞬立ち止まった。

思わずバッと振り返ったが、既に跡部の姿は人ごみに飲まれてて消えており
私は間抜けにもポカンとしてその場に突っ立っていた。

気のせいか。多分そうだろう。

あの跡部景吾が、存在感の薄い女子生徒の名前なんぞ知っているはずがない。

そう、知ってるハズは…

深く考えるとバカを見るのはこっちに決まってるので
私はさっさと理科実験室に急いだ。

ちなみに授業には奇跡的に間に合った。


   ╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋


「ちょっとぉ〜、冗談でしょー?!」

その日の放課後、私は自分の携帯電話の画面を見つめて一人叫んでいた。

傍から見れば凄まじく痛い光景だが別に問題はない。
だって教室には人っ子一人、鼠っ子一匹いやしないから。

ともあれ何を叫んでいたのかというと。

今日は帰りに友達と会う約束をしていたのだ。
私は氷帝の中等部に入ったのだが、彼女は別の私立学校を受験したので
会うのは久しぶり。

故に氷帝ではあんましいい目に遭ってない私は凄く楽しみにしていたのに。

彼女はキャンセルしたのだ。
それも理由は彼氏との約束が入ったから。

「彼氏だとー、ふざけんなーっ!!世の中に男はたくさんいるが
私はひとりしかいないんだぞーっ、 もっと大切にしろ…って、
どっかで聞いた台詞だな。」

好きな漫画の台詞をついつい引用しながら
(一字一句間違ってないのが我ながらどうかと思うけど)
人が見てないのをいいことに私は喚き散らす。

くそーあんまりじゃないか、。 彼氏は同じ学校だからいつでも会えるじゃん。
でも私とはなかなか会えないんだぞ。

言いたいだけ吐き出して私は携帯電話をポケットにしまうと
机に放置してた鞄を取り上げ、深い深いため息をつきながら教室を出た。

目指すは交友棟、テニスコートが一番近くで見れる建物。


…多分、人が聞いたら、私の行動は相当変わってるって言うと思う。

男子テニス部の練習を見物するんなら他の女の子達みたいに直接コートに
行けばいいじゃないか、と。
わざわざ本館の外に出て、もういっぺん交友棟の建物に入り直すことはない。

でも、私は放課後教室を出ると
交友棟の建物(サロンやらディスカッションルームやらが集まってる建物)に
入ってそこの2階の廊下に向かうのが常だった。

ここからだと誰にも邪魔されずにテニスコートが見下ろせるからだ。

気が小さくてトロくさい私はテニスコートに行って大量に詰めかけてる
女の子達の間に入っていける程の勇気も根性も持ち合わせていなかった。

それに、現地に行っても人だらけで肝心のコートが見えないんじゃお話にならない。
テニス部の監督(何ともいえない趣味のスーツを着込んだ音楽の先生)に
邪魔だって怒られるのも御免だし。

そういう訳で私はいつもの通り交友棟に入り込み、
2階の廊下の突き当たりの窓の前に突っ立っていた。

下のテニスコートでは大量の男子が一生懸命練習をしていた。
その周りでは女の子達がお目当てのレギュラー選手に向かって
黄色い声を張りあげていた。

聞いてる限りではどうやら眼鏡で関西弁の忍足とかその相棒の向日辺りに
声援を送ってるようだ。
どうやったら、そんなに自分を主張しようとすることが出来るのか。
ある意味では羨ましい。向こうが気づいてるか否かは別として。

しかし、その場には跡部がいなかった。
何せ目立つ人だ、居たら絶対分からないはずがない。
生徒会かなんかが忙しいのか、それとも他に用事があるのか。

壁にもたれて窓の外をボンヤリ見つめながら私はそんなことを考える。
と、その時だ。

ずっと響いてる黄色い声が一段と大きくなって私は危うく腰を抜かすとこだった。

『跡部様ー!!』

外からそう聞こえた瞬間、私はバッと窓に張りついていた。

跡部がコートに来たのだ。それまで一体何をしてたのか知らないが、
素晴らしく悠然と歩いている。しかも、スマイルのおまけつきで。

普通ならムカついて飛び蹴りしたくなるような光景だ。

でも何故だろうか、跡部相手だとその気がなくなって思わずずっと
歩いているところを目で追ってしまう。

女の子達がキャーキャーと騒いでる中、跡部はそれが当然のように歩き続けた。
その間、私には目もくれない。

当たり前だ。
いくらナルシストで有名な人でもまさかいちいちこんな交友棟の
廊下から約一名が見ているなんて思うまい。

それも、今日自分にぶつかってきた女子だなんてわかるはずもな…?!?!

特に意識せずに跡部を見続けてた私はまた腰を抜かしそうになった。

跡部が…こっちを見上げた気がした。
しかも、さっきよりも口の端を吊り上げて笑いながら。

私は窓ガラスに張りついたまま硬直して動けなかった。
跡部は、何事も無かったかのようにテニスコートに入って練習を始める。

…………絶対気のせいだ。
私ときたら自意識過剰にも程がある。
跡部が私なんぞを気にするハズがない。

今日の休み時間にいきなりフルネームで呼んできたのだって、
私の幻聴かあるいは抱えてたノートか教科書に書いてる名前を見たって
だけに違いない。

私はそう思うことにした。
下手な期待をして勝手に1人で傷つくなんて間抜けな状態は
断じてお断りだ。

しかし心臓に掛かった負担はバカにならなかった為、
私は窓から離れてズルズルとその場にへたり込んでしまった。


   ╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋


それからは別に何事も無かった。

時間はいつもと同じように流れ続け、朝学校に来たかと思えばもう夕方になっている。

私は自分の存在感の薄さを実感しながら、時々ぶつかったり失敗したりして
罵倒されつつ 教室ではしゃぎ続けるクラスの連中や
廊下を歩く連中をボンヤリと見つめる。

放課後には、跡部に惹かれ続けてる自分を自覚しながら交友棟から
テニスコートを見下ろす。

跡部の方はあれから別に私の名をフルネームで呼ぶこともなく、
コートからわざわざ交友棟の窓を見上げることもない。

そもそも、今週に入ってすれ違ったことすらあったかどうか。

やっぱりアレは気のせいだったのだ。
他に言いようがない。

そうして時間がダラダラと流れ続ける内に、
次の週は大きなイベント―少なくとも氷帝学園中等部においては―が控えていた。


10月4日と言えば、氷帝の女の子達(の大半)にとっては重要な日だ。

何故かと言えば、件の跡部景吾の誕生日がこの日だから。

毎年のことだがこの日になると跡部のところには女の子達からの
プレゼントが殺到する。
それはもう大小取り混ぜて大変な数で、事情を知らない人が見たら
嫌がらせかと思ってしまうくらいだ。

ちなみに私は過去に一度、跡部が校門の前でブツブツ文句を言いながら
自家用車に大量のプレゼントを部の後輩に積み込ませていたのを見たことがある。

確か、

『あいつらは一体何考えてやがんだ、こんなに大量の荷物よこしやがって。
邪魔なんだよ!』

とか何とか言っていたと思う。
ありがたいことに、跡部には見たことを気づかれなかったが。

そんな現場を見てしまったせいか、去年までは
どうせ当人は閉口してんだからプレゼント渡すだけ無駄なのに、と
1人せせら笑ってたものだがまさか今年になって自分もその無駄なことに
参加しようとしてるとは。

迂闊なことは考えるもんじゃない。

という訳で10月4日の昼休み、屋上に引っ込んでいた私は
自分の手の中にあるものを見てため息を吐いていた。

「何でこんなもん作っちゃったんだろ、私。」

例によって誰もいないのをいいことに私はひとりごちる。

手の中には手製のバースデイカードがあった。
自分でも一体何を血迷ったのかよくわからないが、一昨日、昨日と
時間をかけて作った仕掛けモノのカードだ。

誰でも作れる単純な奴で、開いたら私が色紙で作った木とか花とかウサギとかが
飛び出すだけなんだけどデザインにはそれなりに凝ったつもりだ。

他の子達ならお金をかけてもうちょっと気の利いたものを買うんだろう。
しかし、私はそんなにお金を持ってる方じゃない。

それに何となく、既製品で済ませる気になれなかったのである。

前に私よりも彼氏の約束を優先してくれた友人、には
『まさかアンタがそんなことまでしちゃうなんて…』などと
聞き捨てならんことを言われたが。

しかし、作ったのはいいが私は最大の壁に気がついた。

…即ち、どうやって跡部に渡せばいいのか。

言うまでもなく直接渡す、なんてことを出来るほど度胸はなかった。

私がグズグズしている内に跡部は既に多くの女の子から何か色々
受け取ってたらしいので今更私がノソノソとやってきてそんなことを
したら、いい加減うぜぇんだよ、と言わんばかりの顔をされそうで怖かった。

誰かに頼むのも遠慮したかった。

男子テニス部にまともな知り合いなんていないせいもあったが
頼んだ相手に自分で渡せよ、とか思われるかと思うと冗談ではない。

で、そうなると、八方塞がりでどうしようもない訳で非常に不毛な状態だった。

せめてもうちょっと積極的なタチだったらば…
だが、生来の性格を呪ったところで何の意味もない。

散々考えた挙句、余程余裕がなかったのだろう、私はしょうもないことを考えついた。

放課後にこっそり、跡部の下駄箱に放り込んでしまおう。
幸いカードだ、やろうと思えば隙間から突っ込めないこともない。
少なくとも誰かに頼むよりマシだ。

そうと決めたら私の心は固かった。
後は放課後が来るのを待つだけだ。


誰もが今更言わなくてもわかってると思うけど
何かを実行しようと時を待っている場合に限って時間はなかなか進まない
感覚がする。

今の私もまさにそれで、早いトコ放課後にならないかとずっと思い続けていた。

そのせいか今日は先生に、それも例の男子テニス部の監督やってる音楽教師に、
珍しく落ち着きがない、と軽く注意された。

存在感の薄い私が一瞬だけ変に目立ってしまった瞬間だった。

そうしてやっと授業が終わり、終礼もノロノロながら終わる。

私は手製のカードを鞄に入れて、教室を出る。

廊下を出ると、2つ先の教室の前でうちのクラスの女の子達がたくさん
押し合いへし合いしていた。
跡部に誕生日プレゼントを渡しに行ってるのは間違いない。

跡部のクラスの生徒達があからさまに迷惑そうにしているのに
(このクラスはまだ終礼が終わっていなかった)
彼女らは意に介した様子がなかった。恋は盲目、とはまさにこれだろう。

人のこと言えた義理じゃないくせに私もそんな彼女らを一瞥してから
その後ろを通らせてもらった。

そうして、階段を下りて1階の玄関に向かう。

下駄箱がある辺りは今のところ、誰も居ない。
うちのクラスの終礼が他よりも早く終わる傾向にあるのはこういう時助かる。

私は辺りを見回して念のためもう一度人影がないことをチェックしてから
跡部のクラスの下駄箱に向かった。

跡部の下駄箱を見つけるのは難しくない。
下駄箱が名前のアイウエオ順で並んでるんなら列の始めの方だけ探せば
済むことだから。

故に私はあっさり跡部が使ってる下駄箱を見つけて、
鞄からいそいそと例のカードを引っ張り出す。

よし、今のところクシャクシャになってない。
後はこいつを下駄箱の扉の隙間から入れてしまえばいいだけだ。

そう思って私が事を運ぼうとしたその時だった。

「ほーぉ、お前がんな陳腐なことをするとはなぁ、 。」

聞いた事のある低音の声に名前を呼ばれて私はいつかのように硬直してしまった。

あまり直視したくない現実だったが、無視することも出来ずにそのまま
ギギギッとぎこちなく声のした方に顔を向ける。

そこには、案の定跡部景吾本人がニヤニヤ笑いながら立っていた。
しかもなおタチの悪いことに、跡部の後ろには他のテニス部の連中も2人ほど
立っている。
忍足と向日だ。よりによってこんな時に…

「何で…?」

硬直してしまった私が思わず呟いたのはそれだった。

「何で私のこと知ってるの?」

私の発言に跡部はバカか、お前、と呟いた。

「いつも交友棟からテニスコート見てただろうが。」

知ってるのは当たり前だ、といわんばかりだ。

「知ってたの?」
「たまたまだがな。」

たちまちのうちに私は顔が赤くなるのを感じた。
まさか、気づかれているとは知らなかった。
だって、激しい練習中にいちいち交友棟のほうを見てる奴がいるなんて
普通は思わない。

「でも、名前は…何で…」
「そんなもん、」

跡部は訳ないことだ、というニュアンスを込めて言う。

「てめぇのクラスの奴とっ捕まえて聞きゃすむだろうが。
どいつもこいつも何て名前だっけとか 抜かして時間は食ったがな。」

後ろで忍足が『しかもお前、さっさと思い出せ言うて一遍はたいたしな。』と
呟いたのが聞こえたが跡部に睨まれて慌てて口を噤んでいる。

私はどうすればいいのかよくわからず、ただボケッと跡部を見つめたまま
突っ立っているしかない。

アレは…前にあったあのことは気のせいじゃなかったのだ。
跡部はあの時確かに私を認識して私の名前を呼び、
あの時確かに私の方を見ていたのだ。

何故だろう、妙に暖かい感じがしてしょうがない。

「で、。テメェは一体俺様の下駄箱に何する気だったんだ。」

跡部に言われて私はハッとする。

「こ、これっ!」

動揺してるのが丸出しの上ずった声で私は跡部の下駄箱に
こっそり放り込むつもりだった手製のカードを突き出した。

「今日誕生日だってきーたからっ。」

早口で言う私に構わず、跡部は私の手からカードをひったくると
それを開いて中を改める。

「それじゃあ…」

その間に私は自分の下駄箱にとって返そうとした。
が、後ろから肩を掴まれてしまう。

「逃げんな。そこにいろ。」

明らかな命令口調に腹を立てることも出来ずに私は足を止めざるを得ない。
跡部だけならともかく、忍足と向日までが横から私の作ったカードを
覗いてるのが耐えられないのだが。

しばらくカードを眺めた挙句、跡部は言った。

「悪くねぇじゃねぇの。」

期待してなかった賛辞に、私はポカンとした。

「何間抜けな面してんだ。」
「え、いや…」

私はモゴモゴ言ってごまかしたが、ごまかしきれてないのは明白だ。
跡部はジロリと私を一瞥したが、それに関してはコメントしなかった。

「とにかくこいつは貰っといてやるよ。これなら荷物にならねえし、
ピーピーピーピー五月蝿く音がなる心配もねえしな。」

言って跡部は自分のテニスバッグをゴソゴソして私が作ったカードを
丁寧にクリアファイルに挟んだ。

私はそろそろいいかな、とまたその場を去ろうと試みたが生憎とまた肩を
掴まれて妨害されてしまう。

。」
「何?」
「さっきから思ってたがな、そんなに俺がてめぇを知ってたことが意外か?」

私は高速で首を縦に振った。
跡部は片手を顔にやって、マジかよ、と呟く。

「だって…私のことなんて誰も見てないもの。」

私が言うと跡部はハア?という顔をした。

「私、クラスでも存在薄いから、まして跡部がいちいち私みたいに地味なのなんて
知らないって思ってた。」
「人のこと勝手に決めつけてんじゃねーよ。」

跡部はイライラと言った。

「いいか、。その寝ぼけ脳味噌に叩き込んどけ。人ってのはな、自分で思ってるより
見てるもんなんだよ。例え、お前自身が知らなくてもな。」
「それで?」
「まだわかんねーのか、ニブチン。つまりお前が知らねぇだけで、
俺はお前が好きだと言って……!!!

跡部は自分の口を押さえて、ババッと私から離れた。

私はあまりに突然のことにまたもポカンとするしかない。

「何で…?」

そう尋ねるのがやっとだった。

「何で私なの?跡部は勝気な子が好きなんでしょ?私は全然勝気じゃないよ?
逆なのに…」
「知るか、バカ。」

同じテニス部員の前でやらかしてしまったことに自分でも相当
恥ずかしくなってるのか、跡部はつっけんどんに言った。

「俺様が聞きてーよ。」

顔が真っ赤になっている跡部景吾はそうそう拝めるもんじゃない。
見れば、さっきから一部始終を見ていた忍足と向日がこれでもかと言うくらい
ニヤニヤとしている。

。」

忍足と向日の頭をベシベシと叩きながら跡部は言った。
まだ顔が赤く、声が何か掠れている。

「今日も交友棟にいんのか?」
「うん。」
「部活終わるまで待ってろ、迎えに行くから。言っておくが『何で?』は無しだ。」

『何で?』と聞こうとしていた私は出鼻をくじかれてぐっと詰まる。

「とにかく待ってろ。いいか、トンズラしたら只じゃおかねーからな。」

跡部は言うだけ言って、自分の下駄箱に歩み寄る。
多分、言うとおりにしないとこの人はホントに只じゃおかないだろう。

私はそう思って、じゃあ後で、と呟くと自分のクラスの下駄箱に行った。



   ╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋┯╋



跡部は本当に交友棟に迎えに来た。

一体どうやって跡部ファンの大量の女の子達を撒いてきたのか
知らないが、私がいつも陣取っている廊下の窓まで真っ直ぐにやってきて
一言、『さっさと帰るぞ』と言った。

どうにも現実が認識できない私はやっぱりボンヤリしてたのだが
跡部に引っ張られてやっとこれは現実だ、と実感した。

で、今学校を出た私と跡部は一緒に道を歩いている。

「あのね。」
「あんだ。」
「今日いっぱいプレゼント貰ったでしょ?あれどうしたの?」
「先に運転手呼んでうちに運ばせた。」

さすがは跡部。手回しが早い。

「それがどうした。」
「いや、鞄以外に荷物持ってないから。」
「バーカ。」

跡部は言って、歩きながらテニスバッグを開く。
ちょっとばかり中を探ると跡部はクリアファイルを取り出す。

「こいつ以外のプレゼント持ち歩いたってしょうがねーだろが。」

言って、私の手製カードの入ったそれを振ってみせる。

自然と、私の顔はほころぶ。

「ありがと。」
「ハン、誕生日に礼を言われるとは妙なこともあったもんだな。」

まあいい、とここで跡部はふぅと息を吐いてカードをファイルごと夕日にかざす。

「このカードのウサギは傑作だな。見た瞬間に笑わせてくれるぜ。」
「私のトレードマークなの。オリジナルだよ。」
「ほう、どうりでお前にそっくりだと思ったぜ。この寝ぼけ面が。」
「あ、失礼な。」

言い合ってから、私と跡部はしばらく沈黙状態になって足だけ動かす。

やがて先に沈黙を破ったのは跡部だった。

「おい。」
「ん?」
「次も持ち運びしやすいものを寄こせよ。
当たり前だが既製品は禁止だ。後、何かにつけて『何で?』って聞くのもだ。」
「なん…」

私は危うく『何で?』といいかけて口を押さえる。危ない危ない。
跡部は面白そうに笑いながらクリアファイルをまた丁寧にバッグに戻す。

「せえぜえ努力するんだな。おら、行くぞ、。」
「!?」

私は物を言いかけたが跡部は急に足をはやめだす。

「ちょっ、跡部。」
「あんだ。」
「…やっぱいいです。」

私は言った。
跡部は訳がわかんねーな、とブツブツ言って歩き続ける。

別に聞かなくていいよね。

足の早い跡部に小走りでついていきながら私は思った。

『何でさっき私をって呼んだの?』

なんて。

多分、『何で?は禁止だって言っただろーが!』って怒るだろうから。

「あのね、来年のカードはウサギじゃなくてハムスターにしようかって
思うんだけどどうかな。」
「何でそこでハムスターなんだ、関連性がねえだろが。」
「げっし目で統一…」
「しなくていい。寧ろするな。」



                THE END


作者の後書き(戯言とも言う)

べーたんの誕生日夢です。
本来10月までに仕上げればいいものを何を血迷ったのか8月の末に
締切近い会員サークルの漫画原稿をほったらかしで夢中で打ってしまった
代物です。

何か、先の2つの跡部夢に比べると随分甘い!ですが、
別に病気だったわけではありません。(残暑は厳しかったけど)

でも我ながらこれを書いたのが信じられないのも事実。
『義兄と私』シリーズや『離れえぬモノ。』を書いた撃鉄も
この話を書いた撃鉄も同じ撃鉄のハズなのにまるで別人。

えーと、タイトルの"How come..?"というのは
早い話が皆様ご存知であろう"Why?"と同じ意味です。
「何故?」「どうして?」「何で?」って訳ですね。

辞書を引くと、"How come..?"の方が口語的だそうで。

この作品のヒロインは「何で?」を繰り返すのでこんなタイトルにしてみました。

…って、今、気づいてはいけないことに気がつきました。
とうとうべーたんにまで少数派少女の世話を押しつけてしまったよ(-"-;)

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